興梠慎三、浦和レッズでの得点力の秘密は、大切なめぐり逢いにあり!

サッカー観戦

2020-04-26

こんにちは!

Elmoumeです。


大好きなサッカー試合、延期がずっと続いていて、すごく退屈な毎日。


特に浦和レッズの熱狂的サポーターである私は、3月末に瑞穂のスタジアムで今季初のアウェイ観戦予定であったが、残念ながら延期。


ブログ更新の勢いもサッカーネタがなくなると、ホントに痛いところ。


そんななか、今回、浦和のレジェンドとなるであろう、興梠慎三さんをクローズアップしたい!


通算ゴール148、現役Jリーガーのなかで最もゴールを奪ってるストライカーであり、今なお、進化を続けている。


身長175cm、体重72キロ決して体格に恵まれているわけではないが、ゴール前で見せる動き、シュートセンス、嗅覚を兼ね備えていてDFには、最もイヤな存在である。


類稀なる得点感覚を武器に、前人未到の8年連続J1で2桁得点を達成している。


特筆すべきは、決定力の高さ!


昨シーズンのデータによると、シュート43のうち得点が12で、決定率27.91%は、2桁得点を達成した選手の中で最も高い数字をたたき出している。




そんな彼もここまで順風満帆ではなく、3回逆境を乗り越えている。


その度に大きな出会いが、彼を進化させていった。


彼が乗り越えた逆境とは、何か?


彼がここまで成長できためぐり逢いとは、何か?


今回は、『興梠 慎三の得点力の秘密』について、深堀りしていきます。

※浦和レッズのレオナルドについては、こちら ↓

レオナルドが激変させる浦和レッズ!知りたい現在地と得点力の秘密!
今年の浦和は、昨年の守備重視から、点を取って打ち合いで勝つチームカラーに変わり、期待が高まった。 その中でも、今季から加入のFWレオナルドには、注目している。 2年連続得点王の彼も3年前までは、地球の裏側ブラジルで、今の環境とはかけ離れた、貧しく厳しい生活をしていた。 その時、1人の日本人との出会いが運命を変えた。

 

 

【このブログを読んで欲しい方】

・興梠慎三をもっと知りたい方

・興梠慎三の得点力の秘密は何かを知りたい方

興梠、得点力の秘密① 高校時代(鳳翔高校時代)

監督との出会い

宮崎市で生まれ育った彼は、名門の鳳翔高校に入り、当時、トップ下1.5列目で活躍をした。


ただ、最初から順風満帆ではなかった。


スペースへ侵入する動きは、
非凡なものを持っていたが、強豪校ゆえ、レギュラーに入れず、挫折を味わった。

1年の夏頃には、
選手層の厚さからBチームとなり、練習に出たり休んだり、身が入らない状況が続く。


才能を見出していた監督は、サッカーへの想いが立ちきれてないことが理解していたから、何度も何度も説得し、連れ戻そうと努力をした。


あるアイディアが、監督にあったからだ。

興梠自身もサッカーへの情熱が捨てられず、また、向き合う決心をしていた。


監督のアイディア

監督には考えがあった。


1年先輩で複数のJリーグから注目され、高校時代から才能に秀でていた増田誓志とペアを組ませることだった。


監督の期待通り、負けず嫌いの彼は、同じピッチに立ち、増田の近くで観察することで大きく変わっていくことになった。


興梠は、
刺激を受けて触発され、メキメキとチーム内で頭角をあらわすようになり、選手権初のベスト8まで導き、チームには欠かせない存在になっていた。

監督との出会いが、彼を成長させた。

興梠、得点力の秘密② 鹿島アントラーズ

 マルキーニョスとの出会い

2005年高校卒業後、増田を追いかけるように同じ名門鹿島に入団。


しかし、初めてのJ1、当時のMFのポジションは層が厚く、日本代表の小笠原、本山、そして野沢、増田と人材豊富だったため、出場機会が得られず、わずか2試合出場、得点もゼロだった。


必死にもがき苦しんだ末、2年後、FWとしてチャンスを掴んでいくことになる。


マルキーニョスとの出会いが、彼を新たなステージへ導びいていく。


外国人歴代最多ゴール333試合152ゴールのいいお手本とコンビを組むことにより、FW、点取り屋として覚醒することになる。


2007年大分戦で初ゴールをあげ、マルキーニョスの存在がさらに技術の成長を加速させた。


2008年からは、レギュラー定着し、リーグを席巻するほどのチームの柱になる。


2009年には、リーグ3連覇に貢献し12ゴール。


鹿島で選手の絶頂を向かえるが
更なる成長を求め、浦和に移籍を決断する!

興梠、得点力の秘密③ 浦和レッズ

ペトロビッチ(ミシャ)との出会い

当時は、浦和の監督ペトロビッチの熱い要望の末の移籍だった。


現代のFWに求められるスピード、頭脳、技術を全て兼ね備えていて、当時のチームに絶対不可欠だったと言う。


この出会いが、更なるステージへ押し上げることになった。



ミシャから、もともとスペースやDFの裏へに飛び込む才能はあったので、オフザボールの動きの質を高める事、効果的なタイミングでの動き出し、周りの選手へどのようにスペースを与えるのかを求められた。


興梠は、すぐに理解し体現できる選手
で、練習から真剣に取り組んでいた。


その時の浦和レッズのチームは、ワントップを採用していて、攻撃と守備両方できて、試合のなかで流動的に動け、フィジカルを全て備えている興梠にしかできないポジションであった。


ミシャは、新たな才能を興梠に開花させた。


ミシャの信頼

ところが、2016年オーバーエイジで国を背負って出場したリオオリンピックでいい結果が残せず、人一倍負けず嫌いである彼は、疲弊し、燃え尽き症候群的になってしまう。


そんな時、ミシャがかけた言葉に救われた。


『どんな状況でも君に対する評価は、変わらないし、信頼している。休んでもいいし、出場できるなら、信頼して起用する』


その言葉で再びスイッチが入り、結果を残し始め、J1、12人目の通算100ゴール達成し、輝きを取り戻した。


翌年は、初のハットトリック含めた20ゴール、さらに2019 年は、通算140ゴールのカズを超え、ミスターレッズの福田の記録92点も塗り替えた。


さらに、8シーズン二桁得点達成で、Jの記録をも塗り替え、現在、浦和には不可欠のストライカーとなった。

興梠慎三は、浦和のレジェンドになる存在!

彼の練習からの取り組み、試合の積み上げが輝かしい記録に繋がっている。


人との出会いが彼を大きく成長させてきた。


レッズの通算100ゴールまであとひとつ。


更なる活躍を期待したい!

コメント

タイトルとURLをコピーしました